効率化=頑張ることだと思ってた|AIを使って気づいた「考える回数」を減らす視点

「効率化」と聞くと、少し身構えてしまう時期がありました。

もっと早く、もっと多く、もっと完璧に。
私にとって、効率化は「さらに頑張るためのもの」だったからです。

だから、効率化のノウハウを聞くほど、逆に疲れてしまうこともありました。

仕事を早く終わらせても、空いた時間にまた別の仕事が入る。
気づけば、ラクになるためではなく、もっと回すための効率化になっていた。
そんな経験、ありませんか。

でも最近、気づいたんです。
効率化って、もっとできるようになることじゃなくて、
考える回数を減らすことなのかもしれないって。

① ゼロから考えないようにする工夫

少しでも頭を使う機会を減らすために、
よく使う文書には定型を作ったり、メールの下書きを用意。
とにかく、毎回ゼロから考えないようにする。
それだけで、気持ちの消耗も少し変わります。

頑張り続けなくても仕事が回る状態を作ること。
これも立派な効率化ですよね。

仕事で「考える力」を使い切ってしまうと、
家に帰ってからの夕飯や寝かしつけまで、全部しんどくなってしまう。

前回の記事でも書きましたが、
私にとって効率化はもっと頑張るためのものではなく、
家庭に少しだけ余白を残すために必要なもの、なんですよね。

これまでの私は、
こんな風に自分のまわりを少しラクにするための仕組みを考えてきました。

でも最近、この「考える回数を減らす」という視点から、
仕事で使うAIについての見方が少し変わる出来事があったんです。

② AIが作った議事録は誰も読んでいなかった

ある日、職場で同僚2人が話しているのが聞こえてきました。

「AIが作った議事録、送られてくるけど分かりづらくて読む気にならないよね~」

実は、私自身も同じことを感じていました。
会議のあとに、AIが自動生成した長文の議事録がポンと共有される。
一見すると、ものすごく効率化されているように見えます。

でも、受け取る側からすると、人によって知りたい情報は違いますよね。

実際、私もAIの議事録を見ながら、
「で、私は結局何をすればいいんだっけ」と、
画面の前で止まってしまったことがあります。

要約されているとはいえ、自分の業務に関係がない部分も含まれている文字の山。
それを読み解くために頭を使うことになります。

③ 効率化したはずなのに、誰かの「考える回数」は増えている

AIを使うことで議事録作成の効率化がされているはずなのに、
現場でいまひとつ本当に役に立っている実感が持てない。

それは、片方が「効率化した」と満足する一方で、誰かが頭を抱えている。
こんなすれ違いがあるからなのかもしれません。

私もよく、AIを使って議事録の下書きを作ったり、文章をまとめたりします。

ツールを使うと、ボタンひとつでそれらしいものが出来上がります。
確かに、作成した本人は「一瞬で終わってラクになった」と感じるかもしれません。

でも、そこで終わらせてしまうと、
自分が浮かせたはずの考える手間が、そのまま別の誰かに移動しただけになってしまいます。

AIをただ使うだけ、自分がラクになるだけでは、本当の効率化とは言えないのかもしれない。
そんな風に思うようになりました。

④ AIで会社全体の業務効率化を実現するのは難しい

私の勤める会社でも、
「業務効率化」の名目でAIのアカウントが配られました。

1か月経過しましたが、正直、良くて個人的な業務効率化に留まっている印象です。

会社という組織で、ひとつの目的のためにAIを取り入れるなら、
その前後の流れまで含めて見ていく必要がある気がしています。

全体の仕事としてみた時に、本当に効率化出来ているのか。
それとも、誰かの面倒な作業を、別の人に押し付けているだけになっていないか。

AIを使うだけで「なんとなく効率化できている」気持ちになってしまいがち。
個人的に、気を付けようと思っているポイントです。

とはいえ、AIを使うようになったことで、
工夫だけではどうしようもなかった部分の「考える回数」は確実に減りました。

だから私は、
AIによる効率化を「もっと頑張るため」ではなく、
生活を守るためのものとして極めていきたいなと思っています。

⑤ AIを使った効率化が、家庭での余裕を作ってくれる

仕事の中で「考える回数」を使い果たしてしまうと、
その影響って、結局は家庭での自分にも返ってくるんですよね。

夕飯を考える気力が残っていなかったり、
子どもに優しくしたいのに余裕がなかったり。

だから最近は、
仕事の効率化って「もっと働くため」じゃなく、
家に帰ったあと、自分の大事なものを守るためでもあるんだな、と感じています。

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